未開弁護士の呪術

未開弁護士の呪術  

ジェイムズ・フレイザー卿の「金枝篇」といえば、誰もが少しは知っている本です。「王殺し」とか「共感呪術」なんて言葉は、漫画などにもよく出てくるほどポピュラーな概念でしょう。その一方、本気で読んでいる人はほとんどいないんですね。私だって人のことは言えませんが、とても面白い本であることは間違いありません。
 
ここで扱われているのは、未開人の思考です。つまりは呪術思考ですね。これはつまるところ、人と自然が繋がっており、相互に呪術的な影響を及ぼしているのだという思考のようです。
こういう思考の下では、例えば人の呪術により、天候を左右できるんだという考えも生まれますよね。フレイザーも、未開社会での雨乞い師について、「未開の思想だ!」とけなして書いています。
 
未開の思想では、組織の長である王は、その組織全体と繋がっているのです。王が壮健であることが、組織が栄える必要条件なわけです。フレイザーによりますと、ある部落では王には沢山の女性が各地にいるそうです。王は毎日違う女性の下に通うんですね。これだけだと羨ましい話!なんですが、全ての女性を満足させていることが、王の壮健さのバロメーターになるわけです。それが出来ないようだと、王の弱体化が部落の弱体化につながるわけですから、「王殺し」へと向かっていくことになります。なんか、私が王だったら、初日で殺されているような気がしてきました。ううう。。。 私も一応うちの事務所の「王」ですから、健康に留意して、「王殺し」にあわない様にしようと、決意を新たにしたのでした!
 
もっとも、こういった、王に力がないから悪いことが起こるんだという考えは、現代にも引き継がれていると聞いたことがあります。日本でも、経済が調子悪いと「王」である総理大臣の首が挿げ替えられますよね。この現象は、政治学として分析するよりも、文化人類学として分析すべきだそうです。(ホンマかいな。)
 
弁護士業についても、依頼者の中には、少し事件がうまくいかないと、弁護士を変える人っているんですね。これなんかも、王殺しの考えが入っているのではなんて考えちゃうのです。(おいおい)
 
人間の行為が自然に影響を与えるのだという思想は、世界各地にありますよね。憎い相手の身体の一部を入れた人形を傷つけると、それが現実の相手方にも影響を与えるなんて、今でもあるようです。こういう、呪う方の呪術でなくて、人の無事を祈るような呪術もあります。日本でも、家にいない人の為に陰膳(かげぜん)を供えますよね。旅行中の人が、飢えたり、安全を脅かされたりしないようにするための呪術です。
 
こういう呪術も、全世界的にある様で、フレイザーも報告しています。ただ、ここでもフレイザー先生は、こういった未開の呪術的思考に非常に冷たいのです。呪術的な行為には、何ら自然科学的な影響力は無いから、やるだけ無駄といった態度です。ある部族で、戦争に行った男たちの安全を祈って、残された者たちが呪術的な祈願をしていたが、既に男たちは戦争で皆殺しにあっていたなんて話を、書いていたはずです。世の中厳しいから、そういうこともあるでしょう。
 
それでも私は、陰膳を供えたり、お百度参りをするような気持ちは大切だと思います。依頼者が苦しんでいるときには、遊びに行ったりしないで、自分も一緒に苦しむ。呪術的ではありますが、それが依頼者にも良い結果をもたらすと思えるのです。
 

弁護士より一言

呪術による雨乞いですが、フレイザーの批判にもかかわらず、100%成功させている人がいると聞きました。その人が祈ると、絶対に雨が降るんですね。
どういう祈りをしているのか分かりますか? 
答えは、「雨が降るまで祈りを止めない!」だそうです。諦めないことが、何より大切なんですね。
私も、雨が降るまで祈りを止めない、諦めの悪い弁護士を目指そうと思います!
(2014年6月16日 第127号)
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